2015年9月1日火曜日

タレガ/レッキー ギター手稿譜

20世紀のクラシックギターの弾き方の手本となったフランシスコ・タレガ。
彼の手稿譜が本になって発売されている。早速手に入れた。

「The TARREGA-LECCKIE GUITAR MANUSCRIPTS」BRIAN WHITEHOUSE
「タレガ/レッキー ギター手稿譜」ブライアン・ホワイトハウス著


またしてもブライアン。(この前、ブライアン・ウィルソンの映画を観たばかり)
日本語訳は僕のリュートの師匠である竹内太郎さん。日本語訳が出るって珍しい。

この本ではタレガの弟子で医者だったレッキーさんへ送った2冊の手稿譜を扱っている。「青の本」と「赤の本」がある。まるでビートルズみたいだけど、こちらの方が古いな。(ちなみにドリフターズの赤盤と青盤も持っている。どうでもいいことですが。)

「レッキーは医者でインドから莫大な富を手にしていたイギリスの医者の家系に生まれ、タレガは10歳の頃に家出をして、路上音楽家や放浪者と暮らしていた。なんという違いか!」というようなことがカバーに書かれていた。これだけでタレガに親近感がわくというものです。

「青の本」「赤の本」はどちらも、タルレガのオリジナル曲と19世紀の作曲家が書いた曲の編曲が収められている。ワーグナーとかショパンとかの編曲ものです。

運指や、どの弦を使ってどのポジションで弾くかなど、出版されている譜面とは違うところも見受けられる。また、弟子のレッキーさんの書き込みか?と思われるところもある。こんなのを贈られるレッキーさんの職業は医者だったけど、相当、ギターが上手かったんやろな。難しそうな曲も多いし。まあプレリュードなどは弾けそうなのでまた見てみよう。

学生の頃はお金がなかったので、あんまり楽譜を買わなかったし、どういうものを選ぶかというのは考えていなかったな。現代ギターなどを読むと、「いろんな版を見て自分のものを選べ」みたいに書いてあったけど、結局その時点では選べないし、弾きたい曲がどの出版社から出ているかなどの情報も知らなかった。

最近は第1次資料をなるべく探すようにしている。
高いけど、こういう類の本は買っとくべきですね。南方熊楠翁も本はいくら出してでも買ってたし、珍本、奇本の類まで買っていたそうですからね。

2015年8月31日月曜日

ブライアン・ウィルソン

ブライアン・ウィルソンの半生記の映画「ラブ&マーシー」を観た。



昔、ブライアン・ウィルソンの半生を書いた本(ブライアン・ウィルソン自伝)を途中まで読んだ事がある。途中から悲惨すぎて読めなかった。
父との確執、これは虐待といっても誰も文句を言えないであろう内容に愕然とした覚えがある。父から、こんな(ここでは書かないが)辱めを受けても、ビーチボーイズのメンバーでありプロデューサーであったのだ。
当然、才能はある。当然まわりからの期待や、レコード会社からの圧力があり、60年代に、その才能を認められながらも、狂気と思われる行動に走って行ったのもうなずける。統合失調症といわれているが、ドラッグや酒などの影響もある。

映画では、60年代の人気絶頂の頃のブライアンと、80年代の最低だったときの頃が交互に描かれていた。

60年代を演じる俳優はブライアンそっくりだった。ちょっと小太りなとこも。
80年代のブライアンは、パッとしていなくて、すごく親近感を覚えた。

精神科医に行動をコントロールされていて、好きに動けない。素敵な女性と出会うのだが、精神科医の高圧的な態度に逆らえないし、またそれに依存する自分をどうする事もできない、駄目駄目なブライアン。

そういう人が60年代にビーチボーイズでやたら明るい曲を作っていたというのには正直びっくりする。
60年代のブライアンは、ビートルズの「ラバーソウル」に触発され、バンドのメンバーなしで楽器の録音をした「ペットサウンズ」を作る。あらゆる音楽界のスペシャリストを集め、そのときのメンバーから「お前は天才だ。ずば抜けている。」といわれつつも、バンドのメンバーとの録音が不安なブライアン。その予感は的中し、メンバーから「ビーチボーイズ的でない。歌詞もおかしい。」と指摘を受け、少々の変更をしつつも「ペットサウンズ」は出来上がるが、セールスは1位を外れてしまう。
しかし、ここでブライアンの音楽的センスが解き放たれた。同時に狂気にも足を踏み込み始めた。後からビーチボーイズを聴いている僕には、このブライアン・ウィルソンが本物なのだ。


その後、精神科医の圧力を逃れられたブライアンは、ソロで良い作品を作りつつ、まだ、本腰ではない、とか囁かれたりしていたが、「ペットサウンズ」の後の作品「スマイル」を37年ぶりに完成させるなど、良い方向に向かっているようだ。

しかし、ビーチボーイズとブライアン・ウィルソンには法的にややこしいことになっているようで、なかなか一緒に来ない。2012年には奇跡的に来日、一緒に演奏したそうだ。

2015年8月21日金曜日

楽市楽座

楽市楽座さんの大阪公演が今日(8月21日)からだったので、早速、初日に観てきました。
期待通りのクオリティでした!



実は楽市楽座さんを観るのは初めて。ミツルギさんの結婚式にゲストで歌を歌ってたのは見たことあったのですが。
親子3人で動物の役を演じるという、どこかの関西小劇団みたいな内容やし、ひとつひとつの台詞も丁寧、物語も、風刺を効かせつつ、でもキツくならずに、小さい者(物)達への愛情が感じられるお話でした。

途中で入る幕間ゲストは人形劇のMr.ピエロックさんでした。
これも独特の台詞回し、人形の可愛さ、音楽の面白さ、最高でした。
今回は、最後のシーンだけだったので、またどこかで観たいな。

そうそう、楽市楽座さんのもう一つの良さは、台詞、ポーズの上手さかな。
いちいち様になっているしカッコイイ。落語で、小僧が芝居見物に連れていってもらったあとで、番頭さんと役者の真似っこをするのがありますが、それみたいなおもしろさがありました。あ、でも、こっちの方が本物ですね。失礼しました。

それと、忘れてはならないのが音楽。それも生演奏が普通に入っていることなのです。
全部、座長の長山さんが書いた曲で、歌もいいし、アコーディオン、バイオリンが良い味だしてます。

個人的に食いついたのが、長山さんのギターの上手さ。
これ、なかなか聴けないですよ。全国クラシックギター愛好家の皆さん、見とかないと損しますよ。スターの演奏じゃないけど、僕等が行けるかもしれない最も高いところです!

楽しみすぎて写真撮ってません。
8月24日(月)まで、扇町公演で19時開演です。
投げ銭なので、気軽に観にこれますよ。銭いっぱい投げてね。

2015年8月11日火曜日

バードフラワー

昨日、書いたのが「ビューティフルハミングバード」。
バードつながりではないですが、続きます。

今月(8月23日)、ミツかね堂withバナナ部は野外劇団「楽市楽座」さんの「バードフラワー」の幕間ゲストで出演します。扇町公園です。



野外って。。。インドア的ユニットであるバナナ部には高いハードルなのだ。
ミツかね堂もアウトドア的ではないと思うが、休日のハードなスケジュールを見ると、割といける感じなのかな。

あ、そういえば相方の清家さんは昔、沖縄でアクセサリーを売っていたそうな。屋根のない事は経験済みなのか。。。
僕だけ熱中症で出れない、みたいなことだけは避けたいですな。

ミツかね堂withバナナ部の出し物は「ペンギンは空をめざす」第1話ショートバージョン。天王寺動物園で観るのとは違うテンちゃんに会えると思いますよ。

がんばるぞーっ。

2015年8月10日月曜日

ビューティフルハミングバード

最近、ビューティフルハミングバードが気になっている。

初めに気になったのは、10年以上前。細野晴臣監修の「daisy holiday」を買った時。(2008年リリース)
これは名盤とは言われていないけれど、名盤です。


星野源のソロで名作の「Daisy Miso Soup」が収録されていたりするのですよ。

このCDでビューティフルハミングバードを知った。ここに収録されているのは「エーデルワイス」。あのミュージカルで有名なあの曲です。
「サウンドオブミュージック」を当時見た人達は「エーデルワイス」は名曲や!と言っていたけど、僕はそんな風に思えなかった。原曲を聴いても「これはええ曲やから聴いとかなあかんで」風なので、いい曲とは思えなかった。学校で習う、教育くさくてダサい曲というイメージだった。

それが、である。
このCDに収められているビューティフルハミングバードが歌ったものはすばらしかった。
この曲の良さを初めてわからせてくれた歌唱だった。
「この選曲はどうか?」と初め思ったが、録音を聴いてぶっ飛んだ。
あきらかに昔の人に聴かせるのではなく「今、これを聴いてよ!」といった自信、新しい音楽への確信に満ちたものだった。こんな体験は初めてだった。この曲で涙したことはなかった。
それから、ビューティフルハミングバードのCD「HIBIKI」を買ったが、なんとなく聴かず、CD棚の隅っこに追いやっていた。



この前、栗コーダーカルテットのギターの人が脱退。というか、仕事が忙しすぎるので、メンバーから名前を抜く、ということがあった。
ああー、栗コーダーカルテット残念やなー、と思ってた矢先に、「栗コーダー&ビューティフルハミングバード」でツアー、という話。

「おおお!!!」ということで、ビューティフルハミングバード、聞き直したら、やたらいいやんか。買っといてよかった!HIBIKI、名盤でした。いまさら。

で、去年出たCDも買いました。
「旅人」「眠っているあいだに」がいいですね。みんな、買ったほうがいいですよ。



2015年7月21日火曜日

魔人塾とおはなしえん(その2)

19日、おしばい魔人塾のプレイベントとして「ワンコインシアター」がありました。



お昼と夕方と、ほぼ満席の楽しいイベント。
お昼の会では「おしばい魔人塾」の説明会に残った人が誰もいなかったが、夕方の会は説明会ができた。その説明をミツルギさんがしたのだが、これが良かった。

「自分は社会人になってから演劇をはじめたけど、台詞がうまくしゃべれないという弱点をもっている。滑舌が悪いので、いいシーンでもその滑舌の悪い台詞のために台無しになった、などの酷評も受け入れてきた。でも、それをカバーするために、脚本や演出に力を入れてきて、今、自分の劇団を持てて、それを実現してくれるいい劇団員にも恵まれている。無理やなと思ったことも、やりようによってはなんとかなる。それに、自分たちで作るのは何よりも面白い!」

ということを話してたと思う。
説明会はラフな感じかなー、と思って楽器の片付けをやっていたが、意外にも話の内容が良かったので、手をとめて聞き入った。

ホームランはそんなにないけど、クリーンヒットを量産しているミツルギさんは、今、すごくいい状態だと思う。脚本も面白いし、演出で作っていくところで、さらに面白くできている。

今回、朗読と音楽の、ミツかね堂 with バナナ部として参加させてもらったが、予期せぬことに、劇団超人予備校と絡むところがあったのがすごく嬉しかった。

19日は超人予備校の阿保さんが選曲していたのだが、20日の天王寺動物園での「おはなしえん」は阿保さんが来られないので、場面転換のところもバナナ部に任せられた!
(ワンコインシアターでは阿保さんのピアニカと共演。いい感じでした。)

「おおお!ついにきたか!」という感じだった。

19日と20日朝に大体のところを考えていった。それは自分のソロで済まそうとするものだった。
でも、20日の朝、リハーサルの場で、バナナ部部員、清家さんから「この曲いいんちゃう?」という提案で、それをやることに。

いろいろ出来るようになってきたやんか!バナナ部としてのスキルが上がってるぞ!
自分の決めたところに着地させず、結果、面白いことになった。この感じで、もっといけるぞ。

初めて劇団超人予備校と共演できた。
ほんとに音楽をやっていてよかった、と実感した2日間でした。




写真は「おはなしえん」集合写真

2015年7月17日金曜日

南方熊楠

南方熊楠コレクションが河出文庫から発売されている。中沢新一編で、全部で5巻ある。

南方熊楠は明治から昭和の植物学者であると、一応はそういうことになっているが、特に大学で教えたりはしていない。フリーの学者。
しかし和歌山を後にして世界中を渡り歩き、中国の革命前の孫文と友達になったり、大英博物館に勤めたりしていたようだ。その後、和歌山の田辺に帰って、粘菌の研究をしたり、政府の神社合祀令への反対運動を行い、それをやめさせたりしている。

とりあえず「森の思想」と「南方マンダラ」の2冊を買った。


「森の思想」は南方熊楠の粘菌研究について、またそこから発生したであろう考えを中心に文化人類学者の中沢新一氏の論文と南方熊楠の手紙で構成されている。
植物学の分類に対する考え方が、一般の学者と熊楠の間では大きな違いがあることがわかる。

植物をその特徴により分類していくという当時の植物学では分類しきれない、菌類などの隠花植物がある。
熊楠が研究していた粘菌はその中でも特殊な特徴を持っている。キノコなどのように、茎のような棒の上に胞子を入れた袋状のものができる。その中の胞子が飛び去って、別の場所に落ちると、そこで胞子は小さなアメーバ状のものとなる。それが、複数集まって、動物のように動き、食べるようになる。またしばらくすると、胞子を入れた袋をもったキノコ風のものができる。

この動物的な動きをするところに、熊楠は注目していたようだ。皆が、生えてきた(活動している)と思っているときには実は「死」の状態にあり、べっとりして死んだみたいと思われてる状態のときには実は活発に活動している「生」の状態にあるという、不思議な生物(動物)である粘菌。動物の「生」と「死」が観察できる生き物。ここに生命の秘密を見た熊楠は、民俗学や宗教など他分野を巻き込んで、持論を展開する。

「南方マンダラ」では、宗教の観点から、当時、高野山の僧侶であった土宜法竜氏に宛てた手紙を中心に、熊楠の思想が書かれてある。
真言宗の考えを元にそれに批判を加え、また科学の偉さと幼さを考え、ときどきエロ話を挿入しつつ展開される「南方マンダラ」の話は本当に面白い世界観を語っている。

現代に生きる私達は、科学によって数値化されないものはない、と思い込んでる人が多いが、そんなことはない。広大で複雑極まりない世界を表現することは、科学だけでは全然頼りない。「物」と「心」が交わると「事」が起こる。科学は「物」を記述しているにすぎない。世界には「事」が起こり、それが「物」「心」にフィードバックされていくという。
また、仏教でいう「因」と「果」。原因があって結果が起きる。しかし、それらが交わるところを「縁」といい、これも不思議に満ちている。


世界は複雑な関係の中で常に変化を伴いながら動いている。明日のことなど誰もわからない。しかし毎日楽しく過ごしていくことも不可能ではない。いや、面白いことに満ち満ちている。

今年の読書感想文はこれでどうでしょうか?